ナンバー銀行

地方なんかに行くとよく目にするのが、十六銀行のような数字が付いた地方銀行。第四銀行(新潟県)、十六銀行(岐阜県)、十八銀行(長崎県)、七十七銀行(宮城県)、八十二銀行(長野県)、百五銀行(三重県)、百十四銀行(香川県)などがあるらしいのだが、これらを"ナンバー銀行"と呼ぶこともあるそうだ。
 
元々、伊藤博文のもとで1872年に第1,2,4,5の4行の国立銀行が設立されたのを皮切りに、1879年までに153の国立銀行が開設されたそうで、この設立順に番号つけた名残が今まで残っているということらしい(八十二銀行は第十九銀行と六十三銀行が合併し、両者の数字の和を取って名付けられた銀行)。今のみずほ銀行も、旧第一勧業銀行が合併してできているが、その前身が第一国立銀行。ちなみに、国立銀行と言っても民営会社で、国法銀行(National Bank)というのが本来あるべき名称とのこと。
http://browserjs.blog102.fc2.com/blog-entry-900.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E9%8A%80%E8%A1%8C_(%E6%98%8E%E6%B2%BB)#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E5.9B.BD.E7.AB.8B.E9.8A.80.E8.A1.8C
 
153のナンバー銀行が設立された背景としては、明治維新後に、かなり国家が貧乏な状態であったのと、貨幣制度が一本化されておらず、旧貨に加えて、各藩が財政不足を補うために大量に発行した藩札、新政府が発行した太政官札、北海道開拓使などが北海道開発のために発行した紙幣等の信用力が異なる貨幣が増刷されて混乱状態にあったことがあったようだ。
 
通貨の一本化をするために、1871年にそれまでの両に変わる新しい通貨単位として円・銭・厘が採用されて金本位制を確立し、さらに1873年の国立銀行制度の採用で、民間銀行に正貨を政府に拠出させ、その代わり拠出額の90%までの額を各国立銀行券として不換紙幣(金貨や銀貨に交換できない紙幣)の発行を許可した。当初は、兌換硬貨(金貨や銀貨と交換できる硬貨)との交換の義務があったので、4行の国立銀行が設立されただけだったが、その後にこの義務が廃止されると、華氏族が封建的な俸禄制の廃止に伴って手にした公債を資本として不換紙幣と交換しようと計153ものナンバー銀行が作られた。もちろん、多くの貨幣が発行されて貨幣価値が落ちて強力なインフレが発生。結局、1882年に国立銀行条例は廃止されて、新たに日本銀行条例(現日本銀行法)が制定され、当時153行存在していた国立銀行は普通銀行に転換されたのだそうだ。
http://www.dik.co.jp/seken/GOGEN/daradara.html
http://www.pref.mie.jp/HAKU/HP/Osusume/dakanken-10yen.htm
http://slashdot.jp/journal.pl?op=display&uid=3718&id=81031
 
今、円は世界に冠たる通貨だが、その始まりの時期に今日のような状況を想像できた人は誰もいなかったんだろうな。
 
今日の夕食:
鮭の酒粕鍋(人参、大根、油揚げ、糸こんにゃく、ねぎ)、ほうれんそうのマヨサラダ、納豆
鍋は、予想通りの出来で、旨いながら驚きなし。星2つ半。
広告
カテゴリー: ニュースと政治 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中